2008-08-31

"ホーキング 虚時間の宇宙" 竹内薫 著

著者の本は何冊か読ませてもらっている。そのくだいた表現力には毎度関心させられる。おいらは、技術の話を人に説明する時、いつも悩まされる。大学では数式で誤魔化す先生も多い。ところが、著者はほとんど言葉で流すところが凄い。哲学や思想の領域まで踏み込まないと、分かりやすく表現するのは難しいだろう。学生の理系離れが叫ばれる昨今、こうした企画は貴重である。

アル中ハイマーには、量子論の世界はなんでもありなのか?と思えて仕方がない。真空で何もない空間に、都合よくエネルギー保存則が成り立つようにプラスとマイナスの粒子が突然発生し、更に都合よく、ブラックホールになるかならないかの境界線で、プラスとマイナスが分かれて、一方は放射し、一方は吸い込まれる。これ全て不確定性で片付けられても、酔っ払いには「飲みが足らん!」と言われているようである。アインシュタインですら、量子論には抵抗感があったというから尚更である。更にホーキングは、実時間では特異点に始まり特異点に終わると言われる宇宙も、虚時間という概念を持ち込んで、特異点を無くしてしまい、宇宙の境界線すら消してしまう。天才が考えることは、どこかブチ切れている。地球表面上に住む人間は、地球の果てを求めて探検しても、その果てを見つけることはできない。これは、平面上を歩いていると信じていても、実は球面上を移動していることを知らずに、境界の無い世界をさまよっているようなものである。実数の指数関数も、虚数の概念を持ち込めば、複素平面上をぐるぐると回る。そもそもマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるという発想は、人類のご都合主義によるものなのだろうか?むしろ、虚数の世界にこそ、自然法則が顕になる何かがあるのだろうか?人類は、実存論への答えすら見つけられず、空虚な世界をさまよう運命にあるようだ。
実は、おいらも虚時間を体感している。行付けの店に入り込めば、ブラックホールに落ちるかのようにアルコールによって分子レベルまで分解される。そして、気づいた時には亜空間な別の店に存在する。その店間経路は、虚時間によって受け継がれることにしなければ説明がつかない。

スティーブン・ホーキングは、「車イスのニュートン」と呼ばれ、ニュートンが在職したルーカス職の数学教授を勤めた。彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)という不治の病にかかったことでも有名である。ALSは、発病すると手足の自由がきかなくなり、話すことも食べることも呼吸さえも困難になる難病である。発病当初は余命数年と宣告されたという。しかし、彼は前進を続け現在も活躍する。発病した頃、最愛の女性と結婚し三人の子供をもうけ、巨大な富を得て、そして、離婚、再婚と波乱万丈である。
科学者の世界には、二つの相反する研究態度がある。それは、実在論と実証論である。自然現象を、なんらかの物理的存在理由があると考えるか、あってもなくてもいいと開き直るかの違いである。ホーキングは典型的な実証論者のようだ。その理論を分かりにくくしている原因がこの思想にありそうだ。彼は、自分の研究の利点を強調する時に、他人の欠点を嘲笑うことが多いという。頭にくると電動イスで相手の足を轢いてしまうという逸話がたくさん残っているらしい。
本書は、ホーキングの研究論文は、一貫してアインシュタインの正統な後継者を思わせるものがあると語る。彼は、アインシュタイン理論をブラックホールや宇宙といった対象にあてはめた。そして、相対性理論に量子効果を加味した考察が特色である。本書はこの言葉から始まる。
「ホーキング博士によれば、ブラックホールは、本当はグレーホールであり、つまり、熱くて周囲に放射を出しているのであり、時間が経つと蒸発して消えてしまうのだそうである。」
通常の物質は、いろいろな分子からできていて、色や堅さといった属性を持っている。ところがブラックホールは、質量、電荷、角運動量といった属性しか持たない。では、ブラックホールに落ちた情報はどこへ行くのだろうか?存在し続けるのか?永遠に失われるのか?2004年ダブリン会議でのホーキングの講演はこうした問題を扱っていた。ホーキングは、アインシュタインとファインマンを足して2で割ったような人だという。アインシュタインの重力理論に、ファインマン流の経路和をつかった量子論を利用するからである。歴史的には、理論物理学者は相対論派と量子論派に分かれる。現代物理学の懸案は、重力理論と量子力学を統一して、量子重力理論を構築することである。そのアプローチに、どちらから迫るかという選択がある。「超ひも理論」の素粒子物理学者は、量子力学からアプローチしたものである。ホーキングは重力理論からアプローチする。そして、異常なほど宇宙の始まりについて固執する。まるで旧約聖書に反論するかのように。

1. 相対性理論
相対性理論では、時空という概念がある。単に時間と空間を一緒にしたものではなく物理的に混ざったりする。また、数式だけでは理解し辛いので、ビジュアル的に捉えられるように時空図が考案されている。時空図は、三次元で表現され、縦軸の時間に対して、二次元平面の空間を表す。本書も、この時空図を使って説明してくれる。また、幾何学単位系を用いてできるだけ省略する。(光速cを1とし、ニュートンの重力定数Gを1とし、プランク定数hも1とする)本書は、アインシュタインは物理学を幾何学としてとらえたが、その精神からするとあらゆる物理量の単位をなくして、純粋な数字であつかう方が自然なのだろうと語る。ちなみに、特殊相対性理論は、特殊な座標変換に対して物理量は不変であると主張する。対して、一般相対性理論は、光速を固定する。どんな変換系であろうと、どんな空間であろうと光速が変化しないということは、時間と空間の方が伸び縮みするということである。アインシュタイン理論では、空間の曲率は物質の質量に比例するので、平らなユークリッド空間からズレが生じる。つまり、空間が曲がっているということは、物質が存在するということと同義である。

2. 特異点を追求した科学者たち
(a) カール・シュヴァルツシルト
シュヴァルツシルトはブラックホールの半径を計算した。彼は重力場を記述する特殊解を見つけ、ブラックホールの存在を示唆した。これは「シュヴァルツシルト半径」や「事象の地平線」と呼ばれ、時間が消えて空間が無限大になる境界線である。通常の星では、シュヴァルツシルト半径は星の半径よりも十分小さいので、星の内部に隠れる。
(b) スブラマニアン・チャンドラセカール
重い星は自らの重力によって収縮し潰れるはずである。しかし、量子論では星が潰れるのを防ぐ面白い法則がある。それが「パウリの排他律」である。同じ状態にある電子どうしをくっつけることはできないということがわかっているらしい。つまり、重い星がある程度まで収縮すると電子どうしが接近して反発するようになる。パウリの排他律とは、電子どうしが互いに排他的になるという意味である。しかし、チャンドラセカールは、太陽の1.4倍より重い星の場合、パウリの排他律による反発力でも支えきれずに星が潰れてしまうことに気づいた。星が収縮し続けると、いずれシュヴァルツシルト半径という魔の領域に到達するかもしれない。すると、時間が消えて空間が無限大になるような時空の境界線が、星の外部にはみ出してしまう。
(c) ハートランド・スナイダー
光は音波と同じように遠ざかると周期が間延びするので、星が収縮している間は光波も間延びする。しかし、ある程度収縮すると光波も安定する。ブラックホールが「凍りついた星」と呼ばれる所以である。ところが、星の表面で観測すると別の光景が待っている。観測者にしてみれば、シュヴァルツシルト半径を超えたとしても、それを感じる徴候は何もない。そこでは、重力もさほど強くなく、空間に亀裂が入るわけでもない。観測者の時計が止まることもない。しかし、一旦シュヴァルツシルト半径の内側に入ったら、そこから脱出することはできない。観測者は、どんどん中心に向かって落下しつづけることに気づくだろう。やがて、観測者は左右から押し付けられ、上下に引き伸ばされる力「潮汐力」を感じる。そして、身体もバラバラになり分子レベルまで分解され点にまで潰される。スナイダーは、シュヴァルツシルト半径が後戻りできない線であることと、遠方からは凍りつく場所であることを示した。シュヴァルツシルト半径では、光でさえ脱出できない。
(d) ロジャー・ペンローズ
魔の境界線は消え去っても、ブラックホールの芯が残る。この芯こそが特異点である。特異点といっても、大きさがゼロの点で、物理量が定義できるわけではない。物理学者はこの特異点に悩まされる。分母にはゼロを与えられない。ここで本書は、地球儀を使って、おもしろい特異点の話をしてくれる。地球儀は、どこの都市でも緯度と経度という座標系で場所を特定できる。しかし、北極と南極は特定できない。緯度が90度でも経線が集中する。これも、緯度線と経度線という座標系に潜む特異点である。では、シュヴァルツシルト半径の数学的特異点とは、座標系がまずいのであって、適した座標系に変換すれば除去できるのだろうか?どんな座標系でも除去できない本物の特異点がある。それは、温度や圧力、空間の曲がり具合といった物理量自体が無限大になる点である。ペンローズが証明したのが、まさしくこの本物の特異点の存在である。ブラックホールの芯では、そこで物理が終わってしまう。時間と空間の終わりである。
(e) ホーキング
ホーキングは、ブラックホールになる仮定を時間反転して、宇宙の始まりは特異点であり、ビッグバンから始まる宇宙論を証明した。ただし、ホーキングの特異点原理は、アインシュタインの重力理論が前提である。もし、アインシュタインの理論が間違っているとしたら、この証明は学術的意味を失う。ここで微妙なのが、宇宙の初期状態では、アインシュタインの重力理論は成り立たないと考えている物理学者が多いことである。
ホーキング曰く。「特異点定理は、必ずしも時間の始まりがあったということではなく、アインシュタインの重力理論だけでは、宇宙の始まりは扱えないことを意味している。」

3. ホーキング放射
ホーキングの計算によると、シュヴァルツシルト半径はブラックホールの質量に比例するという。そして、ブラックホールの面積は質量の二乗に比例し、ブラックホールの温度は質量に反比例する。つまり、熱いブラックホールは軽く、冷たいブラックホールは重いことになる。ホーキングは、ブラックホールが周囲に熱を放出する割合を求めた。これが「ホーキング放射」である。通常、星が崩壊してできたブラックホールは、最低でも太陽の質量の1.4倍が必要で非常に冷たい。通常のブラックホールは周囲の宇宙の温度よりも圧倒的に低い。だから、周囲から吸収する熱の方が、放射する熱よりも大きい。だが、宇宙が膨張しつづけると宇宙の温度はどんどん下がり、いずれブラックホールの温度は宇宙の温度よりも高くなるだろう。その時点から、熱の流れが逆転し、ブラックホールは熱とエネルギーを放出し始める。周囲からエネルギーを失うにつれて、ブラックホールは軽くなり熱くなる。そして、ほとんど絶対零度に近い宇宙空間でブラックホールだけがどんどん熱くなる。やがて、エネルギーを放出し続けると、しまいには質量はゼロになって蒸発してしまうという筋書きだ。だが疑問は残る。光さえ脱出できないのに、なぜ放射できるのだろうか?その答えは量子論の不確定性原理にあるという。いよいよ、やっかいな「ハイゼンベルクの不確定性原理」が登場する。ホーキング放射のメカニズムでは、まず、シュヴァルツシルト半径の近辺で粒子と反粒子が生成され、そのどちらかがブラックホール内に落ち込み、残された方が遠方へ逃げていくという。この粒子と反粒子は、ともに量子であり互いに反対の電荷をもち、短時間だけ存在してやがて衝突して消えるもので、仮想粒子と呼ばれる。本来、真空には何も存在しないが、エネルギーと時間の不確定性により、極めて短時間でエネルギーが「ゆらぐ」ことが可能だという。真空ではエルギーがゼロだから、粒子が一つ生成されるのであれば、エネルギー保存則が成り立たない。そこで、ペアでならプラスとマイナスで「ゆらぐ」ことが可能というわけだ。シュヴァルツシルト半径の外では、粒子と反粒子はすぐに衝突して消えてしまう。しかし、境界線では、都合よく内側に生成された方が特異点に向かって落ちていき、残った方は自ら消えることができないので外へ逃げていく。こうして、ブラックホールから粒子が放射されるように見え、ホーキング放射として観測されるという。ただ、放射される側は、プラスのエネルギーと決まっていて、特異点へ落ちるのは必ずマイナス側というのも奇妙な話である。
そのことについてホーキングはこう語っているという。
「ブラックホールの内部の重力場は極めて強いので、その中では実存粒子でさえも負のエネルギーをもつことができる。」

4. ファインマン流の経路和
物体の移動では、経路の足し算をすることはない。移動の経路は一つだからである。しかし、電子や原子のようなミクロな世界では、あらゆる可能な経路の足し算をして確率を求める。それも、複雑過ぎて確率論に持ち込まないと議論できないからである。学校教育では、光子の入射角と反射角は等しいと習うが、実際は光子の経路は無数にある。足すといっても、方向があるからベクトル演算である。光子の場合は方向を考慮すれば良いが、それ以外の量子となると複雑である。電子は運動エネルギーの他に位置エネルギーも考慮しなければならない。ここでも、位置と運動量の二つの情報は不確定性に支配されるという。量子論の世界では、光は直進するという古い考えを捨てなければならないようだ。ファインマン流に言えば、次のようになるという。
「不確定性原理はもはや原理ではない。それは経路和という原理によって導かれる一つの結果に過ぎない。」
経路和は量子の波動性を示す。もともと粒子と波動の違いは、重ね合わせることができるかどうかである。つまり、干渉効果があるかどうかである。ベクトルが同じ方向を向いていれば強調し、互いに逆方向を向いていれば打ち消しあうのも、波動の性質と言える。ファインマンの矢印である確率振幅は、波動関数と呼ばれることも多いという。但し、量子は粒子性もある。その挙動は確率的な推測しかできず不確定性に支配される。これが量子の本質のようだ。

5. 無境界仮説
古典的には粒子は壁を通り抜けることができないが、量子的には壁を通り抜ける可能性がある。これがトンネル効果である。この通り抜ける確率を表したのが波動関数である。ホーキングは、経路和を使って宇宙の波動関数を計算してみせたという。ところで宇宙に経路なんてあるのか?とりあえず、宇宙の始点をビッグバンとし、終点はビッグクランチとする。その間には、曲率がプラスだったりマイナスだったりと、様々な形をした宇宙がある。宇宙の違う経路とは、アインシュタインの重力理論による空間の曲がり具合ということである。また、空間に存在するあらゆる物質の分布状態も考慮する。そして、ビッグバンから始まったあらゆる空間の曲がり具合と、無数の物質の分布状態を足し算することによって波動関数を求めるという。無数といっても、現実には多数で近似する。その近似方法に、宇宙は「均一」で「等方」であると仮定する。だが、こんな計算が本当にできるのか?学術的に意味があるのか?天才が考えることは神がかりである。更に、ホーキングは特異点すら除去しようと、恐るべき提案をする。
「宇宙の波動関数の境界条件は、境界がないことである」
そもそも境界条件を与えないで、波動関数が得られるのか?どうせ量子重力理論は完成していないので、量子効果によって特異点が消滅するなんて証明できないから、なんでもありなのか?ビッグバンの最初の特異点は尖った点であるが、これを丸く均すことを考える。これは、数学のトリックを使って、時間を虚数にすることで実現できるという。実時間では空間と時間が区別できるが、虚時間では空間と時間の区別ができない。これが、本書では時空図で説明され、なんと!特異点が丸くなっちゃった。言いかえると、密度も温度も無限大という「時間の始まり」は存在しない。では、ファインマンの経路和を宇宙に当てはめる時、なぜ実時間ではNGで、虚時間ならOKなのだろうか?本書は虚数の指数関数を用いて説明する。通常の指数関数はプラス方向に急激に増大する。しかし、虚数の指数関数は波の性質がある。具体的には三角関数でオイラーの公式に従う。実数を虚数にするだけで、急激に増大するものが、くるぐると回る永遠のループになる。ところで、虚時間という概念に何の意味があるのか?ここで重要なのがホーキングの実証論者という哲学的立場である。

6. 超ひも理論
ブラックホールはあらゆる物質やエネルギーや情報を呑みこんでしまう。そして、やがてホーキング放射によって蒸発して消滅する。その際、落ち込んだ情報はどうなるのだろうか?相対論派は、ブラックホールに落ち込んだ情報は回収不能で、蒸発する時に一緒に消滅すると主張する。量子論派は、蒸発する時に元の情報を回収できると考える。この論争の解決策は「超ひも理論」にあるという。超ひも理論では、宇宙のあらゆる物質は、素粒子よりも小さい「ひも」からできていると主張する。そして、「ひも」の様々な振動状態が素粒子に見えるという。「ひも」は、ひも状になったエネルギーという意味のようだ。「ひも」はあまりにも小さいので、数学的にはブラックホールと同等に扱うらしい。そして、物質のエネルギーや情報がブラックホールに落ちこむ際、その全情報は「事象の地平線」にコピーされて残るというのだ。ブラックホールが持っている情報は、その表面積に比例するのである。ただ、ホーキングは情報が消えるという結論に飛びついてしまったという。本書は、ホーキングもアインシュタインと同じく重力理論の影響を強く受け、量子論を受け入れられなかったようだと語る。

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