2024-05-12

"世界をつくった 6 つの革命の物語 - 新・人類進化史" Steven Johnson 著

よく見かける世界史では、四大文明の出現、三大宗教の確立、ローマ帝国の興亡、大航海時代、フランス革命、産業革命、二つの世界大戦といった事象が主題とされる。
しかしここでは、ガラス、冷却、録音、清潔な水、機械仕掛けの時計、電球の光といった発明を切り口に世界史を物語ってくれる。
歴史を学べば、英雄伝や重大事件とされる事象に注目しがちだが、真に歴史を育み、真に文明を開花させてきたのは、名も無い人々が日常生活で営んできた改良や改善といった努力の積み重ねなのであろう...
尚、大田直子訳版(朝日新聞出版)を手に取る。

「アイデアは科学からしたたり落ち、商業の流れに入り、先が読みにくい芸術と哲学の渦にはまる。しかしときには、あえて上流へ、芸術的な想像からハードサイエンスへと進むこともある。」

スティーブン・ジョンソンは、「ハチドリ効果」と呼称する不思議な影響の連鎖を主題に掲げる。それは、カオス理論で見かけるバタフライ効果とも似てそうだが、原理は根本的に違うらしい。
バタフライ効果は、例えば、カリフォルニアで蝶の羽がはためくと、その影響が回りまわって大西洋上でハリケーンを起こすというもので、無関係と思われる不可知な因果連鎖をともなう。
対して、ハチドリの場合、骨格構造では不可能なはずが、羽を回転させながら打ち下ろす時だけでなく引き上げる時にも揚力を得て、蜜を取り出す時に空中にとどまることができ、そこに食への執念のようなものを見る。しかも、花蜜を生産する機能を具えた顕花植物がなければ、成し遂げられない共進化と言えよう。
したがって、バタフライ効果が結果的に受動的な相互作用を引き起こすのに対し、ハチドリ効果はもっと積極的で意志をも感じるような相互作用ということになろうか。
実際、ある分野のアイデアがまったく違う分野のヒントとなって、相互に画期的なイノベーションをもたらすことがある。あるいは、情報共有が何十倍、何百倍と増えていくだけで、予想だにしない無秩序な変化の大波が生じることだってある。ささやかなアイデアが、世界を変える新たなチャンスを切り開くことだってありうるのだ。歴史とは、ちょっとしたことが無数に集まり、それらが複雑に絡み合った結果と言うことができよう。
しかしながら、そこに生じる相乗効果が、悪魔のお告げのように機能することもしばしば。人間の集団性は恐ろしい。そこには個々の意志とはまったく別の意志が生気し、おまけに集団暴走を始める。御用心!

「先進世界の人々の大半は、水道水を飲んで 48 時間後にコレラで死ぬことをまったく心配しないということが、どれだけすごいかをわざわざ考えたりしない。エアコンのおかげで、50 年前には耐えられなかった気候のなかで快適に暮らしている人がたくさんいる。私たちの生活は、大勢の先人のアイデアと創造性によって魔力を与えられたさまざまなものに囲まれ、支えられている。発明家や愛好家や改良家が、人工光やきれいな飲料水をつくる問題に堅実に取り組んできたおかげで、私たちは現在そのようなぜいたく品をためらうことなく、そもそもぜいたく品だと考えることさえなく、利用することができている。」

また、著者が「ロングズーム」と呼称するアプローチを紹介してくれる。新たなイノベーションは、近視眼的には地政学的な影響を受け、流通や情報の中心地に集まる傾向がある。だが、大局的に眺めると、国家や国民性といった枠組みにとらわれることもあるまい。ましてや、このグローバルの時代に...

「これは私がほかでロングズームの歴史と呼んでいるアプローチだ。鼓膜を震わす音波の振動から大衆の政治連動にいたるまで、さまざまなスケールで同時に検討することによって、歴史の変化を説明しようとする試みである。歴史の物語を個人または国のスケールで統一するほうが直感的に理解しやすいが、根本的にその境界内にとどめるのは正確でない。歴史は原子のレベルで、地球上の気象変動のレベルで、そのあいだのあらゆるレベルで起こる。物語を正しく理解しようとするなら、そのような異なるレベルすべてを公平に評価できるような解釈のアプローチが必要なのだ。」

1. ガラス職人が世界の見方を変え...
二酸化ケイ素化合物には、興味深い化学特性がある。今日、ガラスと呼ばれる物質である。融点は、260度以上。およそ 2600 万年前、リビアの砂漠で旅人が、その破片につまずいて発見されたとさ。
二酸化ケイ素のアクセサリーは、ツタンカーメンの埋葬室でも発見された。そして、ガラス職人の工夫から望遠鏡や顕微鏡の発明につながり、世界の見方を変えることに。
いまや、インターネットはガラスで編まれている。今日のデータは、光ファイバーケーブルを張り巡らせ、光を集約することによって伝送されている...

2. かき氷を我が家で食べられる幸せを噛み締めて...
冷却技術は、温暖化気候でより重要視される。いや、沸騰化気候か。自然界の冷たさといえば、まず氷だ。こいつの驚くべき能力は、周囲の大気から熱を引き出すところにある。そして今、瞬間冷凍技術のおかげで、果物、野菜、肉類が美味しく保存される。そして、精子バングが冷凍庫に保存され、人体までも瞬間冷凍されるであろう。北極と南極の氷がもてばいいが...

3. 古代洞窟は天然のサラウンドシステム...
音の拡声、拡散が、音空間を形成し、精神空間に影響を与える。それを最初に味わったのはネアンデルタール人かもしれない。人類は、音波を記録する技術をもって音響という概念を創出した。フォノトグラフは、音波を視覚化して音響空間の設計を進化させる。録音技術は、S/N 比と葛藤の日々。そして、デジタル音源を手に入れた時、完璧なコピー音源になりうるか、少なくとも劣化を抑制することができるようになった。潜水艦などの軍事技術や医療機器に欠かせない音響システム。海中ソナーに、身体エコーに... そして、命を救う音に、命を終わらせる音に...

4. 清潔さは文明の尺度...
シャワーや入浴が健康に良いとされたのは、19 世紀だそうな。患者の処置前に手を洗うことを提案した医師が非難される時代であったとさ。
人間は、喰って排泄する動物である。どんなに賢くなろうとも、どんなに進化しようとも、この熱機関としての工程は変えられない。そして、食物の確保と、排泄物の処理は、街づくりの根幹であり、水道と下水道の整備は、文明社会で最も重要視すべきものとなる。塩素革命では、適量の塩素剤を加えることによって、水から効果的に細菌を除去することを知るに至る...

5. 人類はますます時間に幽閉されていく...
農業労働はだいたいの時刻が分かれば、それで事足りたが、産業労働には厳密な時間管理が必要となる。生産工程にも、労働時間にも。給料が時給で支払われるシステムでは、人間が巧みに時間管理されるようになった。航空業では、国際標準時間を必要とする。ますます人類は、正確な時間を刻む機械を求めてやまない。
石英の特定の結晶、水晶に圧力をかけると安定した振動が得られる。この原理を利用したのがクォーツだ。CPU のマスタークロックには、たいてい水晶振動子が用いられる。クォーツの精度がマイクロ秒であるのに対し、原子時計の精度はナノ秒。セシウム 133 原子が...
さらに、放射性炭素の崩壊は、百年ないし千年の精度で時を刻む。炭素 14 は、5000年毎に、カチッ!カリウム 40 は、13億年毎に、カチッ!

「一万年ものあいだ時を刻む時計があったら、どんな世代単位の問題や計画を提起するだろう?もし時計が一万年動きつづけるのなら、私たちの文明もそうなるようにするべきではないのか?私たち個人が死んだあともずっと時計が動きつづけるなら、将来世代がやりとげることになるプロジェクトを試みてもいいのでは?さらに大きな疑問は、ウイルス学者のジョナス・ソークがかつて問いかけたとおりだ。『われわれはよい祖先になっているのか?』」
... ロング・ナウの役員ケヴィン・ケリー
"The Clock of the Long Now" https://longnow.org/clock/

6. 人工光で盲目は治るか...
信頼できる電流源、その電流を近隣一帯に分配するシステム、個々の電球を配線網につなぐメカニズム、そして、どれだけ電気を使ったかを測定するメータ。これらが揃って安定した生活源が確保される。電球の発明によって、暗闇でも目が見えるようになったのはありがたい。だからといって、精神の盲目は解消されたであろうか。人類は何を見ようと、光を欲するのか。そして、この電流源に税金を支払うシステムを強要されようとは...

「もし隠れているものに対する直感的な知覚を持ちたければ、その場合、少し道に迷う必要がある。」

2024-05-05

"音楽は絶望に寄り添う - ショスタコーヴィチはなぜ人の心を救うのか" Stephen Johnson 著

「音楽なしでは人生を誤る。」... フリードリヒ・ニーチェ

ショスタコーヴィチには救われる。BGM に彼の楽曲を流すだけで孤独が癒やされ、絶望を少しばかり希望に変えてくれる。抑圧した国家体制の下で曲を書き続けたのは、彼自身を救おうとしたのであろうか...
しかし、希望は危険だ。儚い希望は絶望をより確固たるものにする。だとしても、歴史の重々しさを奏でる悲しい物語は、心の痛みを和らげてくれる。ナチス包囲網にあってはレニングラード交響曲で市民を勇気づけ、ソ連共産体制に対しては交響曲第五番で反骨精神を露わに。生きてゆくために意味を与える音楽をもって、スターリンの神格化なんぞクソ喰らえ!

「音楽は、暗いドラマと純粋な歓喜、苦悩と恍惚、燃える怒りと冷たい怒り、哀愁とはじける陽気、そして、最も微妙なニュアンスと、言葉や絵画や彫刻では表現できない感情の相互作用をあらわすことができる。」
... ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

弦楽四重奏曲第八番は、彼自身のレクイエムであったのか...
ファシズム批判を掲げながら自己肯定感を強調し、自らのイニシャルを刻み込む。DSCH 形式がそれだ。
共産党に入党したのは、カモフラージュであったのか...
反体制派が生きてゆくには自虐的な手段も厭わず、スターリン思想を引用しては、まったく説得力のない手段で持ち上げもする。皮肉交じりで、矛盾だらけ。しかし、自由を信条とする芸術家が粛清の時代を生きてゆくには、矛盾をも味方につけなければ...

「ショスタコーヴィチの交響曲第四番は、ほぼその全体を通して、ひたひたと迫る破滅を回避するために、時として必死に努力している様子が彷彿させられる。そして、最後まであと 10 分位のところで、彼がとうとう降伏するのだ。」

原題 "How Shostakovich changed my mind"
著者スティーブン・ジョンソンは、双極性障害(そううつ病)で苦しんだ音楽プロデューサーだそうな。彼は、自ら精神を破綻させることも厭わない音楽家魂に共鳴して、この本を書いたのであろうか。そもそも自由世界なんてものが幻想なのやもしれん。そして、人間が生きてゆくには幻想も必要なのであろう...
尚、吉成真由美訳版(河出書房新社)を手に取る。

「もし音楽が私をこのような気持ちにさせるのなら、私はどうして役立たずで、卑劣で、取るに足らない、耳を傾けるに値しない存在などであろうか...」

2024-04-28

"MIND パフォーマンス HACKS - 脳と心のユーザーマニュアル" Ron Hale-Evans 著

本書の位置づけは、そのタイトルからして Tom Stafford と Matt Webb の共著 "MIND HACKS" の続編といったところ。
"MIND HACKS" に出会ったのは三年ほど前、コンピュータ認知神経科学者を自称する Tom Stafford に、テクノロジーと物理学に関して仕事と趣味の両面で躍動する Matt Webb とくれば、その人物像からも興味深い書であった。彼らの共著が、脳の働きや仕組みなどを交え、やや理論的であったのに対し、ここではより実践的的な方法を紹介してくれる。
Ron Hale-Evans は、頭脳トレーニングのデータベース "Mentat Wiki"  https://www.ludism.org/mentat/ を立ち上げ、それが本書の生まれるきかけになったという。Mentat という名は、フランク・ハーバートの SF 小説「デューン」に出てくる「メンタート(人間コンピュータ)」に由来するそうな。
尚、夏目大訳版(オライリー・ジャパン)を手に取る。

脳は、誰もが生まれつき具える最も身近なツール。だが、こいつをうまく使いこなせる人は少ない。それは、あまりに身近すぎるということもあろう。自分の脳を操るということは、自我と真っ向から対峙することになる。自我ほど手に負えないヤツはいない。だが、こいつをほんの少しでも操ることができれば、その効果は計り知れない。デルポイの神殿に刻まれる言葉は、ことのほか重い... 汝自身を知れ!

本書は、「記憶」「情報の処理」「創造力」「数学」「意志決定」「コミュニケーション」「明晰さ」「知性の健康」といった章立てから、脳の能力を引き出すテクニックを紹介してくれる、いわば、脳の取扱説明書。

まず、「記憶」は人間が人間たらしめるための根源的な素材となる。カントはア・プリオリな認識概念として時間と空間を挙げたが、この二つの認識もまた記憶によって生じる。ノイマン型コンピュータにしても、記憶装置がなければ機能しない。
では、脳内の記憶力を活性化させるには、どうすればいいだろう。ここでは、事象と数字の結びつけや替え歌などが提示されるが、要するに、何らかの効率的な関連付けで効果が得られるということ。キェルケゴールは... 人間とは精神である。精神とは自己である。自己とは、それ自身に関係する関係の... と、精神の正体をあらゆる総合的な関係で語った。人間の認識なんてものは、すべて関連付けで説明がつくのやもしれん。
したがって、記憶とは、ある種の言語化であり、あらゆる記憶には、こじつけやダジャレが有効となろう。そして、記憶力の活性化では言葉遊びを楽しみたい...

次に、「情報の処理」とは、記憶という素材を活かすための行為と解しておこう。高度な情報社会ともなれば、情報が洪水のように押し寄せてくる。これをすべて記憶し、処理することは不可能。今日では、情報を入手する能力よりも、情報を捨てる能力の方が重要となる。学習は自分の脳に合わせて。そうでないとすぐにオーバーフローしちまう。まずは自分の脳の度量を分析し、把握し、自分に合った学習スタイルを模索すること。そして、未来が過去に埋め尽くされることは避けたい...

「創造力」は、個人の独創性によるところが大きい。人が成し遂げることはすべて創造力に発するし、帰納的な推論も、科学法則や数学の方程式を編み出す時でさえ、ドラマチックな創造力を見る。だが、こうした個人の力さえも、ある程度ハッキングが可能だという。比喩的に考えたり、夢日記をつけたり、自問自答したり、あえて制約を設けることによってアイデアが開けることも。無作為な発想を箇条書きに...
古くから伝わる格言は比喩的な言葉ばかり、だから金言にもなる。アイデアは、まったく無関係なことを関連づけることによって浮かび上がることがある。創造力もまた記憶とその処理の仕方で促せるというわけか。時には虚空を見つめ、瞑想にふけるも良し。そして、自らの変身願望をも利用し、時にはナルシストに...

「数学」というと身構えしそうだが、ここでは数と戯れるといったニュアンス。人間の多種多様な単純動作の中に、普遍的とも言うべき行為がある。それは、「数を数える」という行為。数には、なにやら心を落ち着かせるものがある。精神病患者や知的障害者などは、心が落ち着かない時に数を数え始めると聞く。ある種の儀式のように。サヴァン症候群のような突飛な能力の持ち主ともなると、数字が風景に見えるらしい。おいらも、デスクトップ上のスキャンカウンタをなんとなく見入ったりする。まさに、万物は数なり!
科学の格言には、何事も理解したければ、そいつをバラバラにして構成要素へ還元せよ!というのがある。数の特性で言えば、因数分解がそれだ!。そして、車のナンバーには、暗号理論で見かける安全素数でも...

また、「意志決定」のプロセスでも数学を利用し、迷った時はあっさりと確率論に委ねる手もあり。悩んで時間を無駄にするぐらいなら、コイン投げで決めるさ!
さらに、「コミュニケーション」では、言語を重要視する。使用する言語は思考に影響を与える。違う言語を使えば、新たな発想が得られるかも。ゆえに、自然言語を学ぶべし!
さらにさらに、オリジナル言語の作成を推進している。これを拡大解釈して、口癖を付け加えておこう。いや、独り言を...
偉人たちの名言に学ぶことも多い。言語作成は、言語特性ばかりでなく、人間の知性や思考法についても、多くを学べる。
ちなみに、be 動詞の多用は、態度や考えが独善的になりやすいのだそうな...

「明晰さ」とは、ちち異質な章立て。曖昧さを排除し、澄んで濁りのないことを意味するような。しかし、ここでは合理的なモノの見方、あるいは、感情に惑わされず、正しく見ることを指している。
怒っていたり、落ち込んでいたり、脅えていると、十分に考えることができず、いろいろなことが頭の中に渦巻いていると、考えることも難しい。知性と感情は、互いに影響し合うことを前提に、自問自答のテクニックを経験主義、論理主義、実用主義の三つのタイプから提示してくれる。何事もポジティブに考えればいいというものではあるまい。現実を見据えた上で自己分析を試みるには、ネガティブ思考も必要である。
主観で物事を考える知的生命体の認知には必ず歪みが生じる。悪い事に目を奪われ、恐怖心に襲われ、レッテルを貼り、過小・過大評価し、一般化をやり過ぎ、せねばならぬ思考に陥る。これを打破するのは、日々修行するしかあるまい。自己催眠や瞑想も、一つの手段。独り言も有効!客観的に自己を見つめることが難しいとなれば、自己インタビューをやってみる。言語は何も人と話をするだけのものではない。
そして、「知性の健康」には、普段から心のケアを... おいらは、ルービックキューブや詰将棋で気分転換!コンピュータゲームも悪くない。脳のオーバクロックが必要な時は糖分を補う。ところで、向精神薬ってどうなんだろう...

2024-04-21

"コミュニケーションとコンピュテーション" 稲垣康善 著

本書は、情報通信と計算技術を支える理論についての教科書である。教科書であるからには、今更感は否めない。
しかしながら、初心に返る意味でも、教科書的な存在は意外と大きい。なにやら忘れかけたものを思い出させてくれるような...

コンピュータ工学における情報と計算は、物理学における物質やエネルギーと同様、基礎概念として君臨している。
それぞれの歴史を紐解けば、クロード・シャノンは情報の内容を問わず、ひたすら情報の量に着目して数学的理論を打ち出した。
アラン・チューリングは計算可能性を追求した抽象的な計算機理論、いわゆる、チューリングマシンを提唱した。
ここでは、通信路モデルと計算機モデルの融合という観点から、コンピュータ工学を物語ってくれる。

「コミュニケーション(通信)とコンピュテーション(計算)は、情報の学問と技術の核心である。」

1. 通信路モデル
まず、あの有名な式を押さえておこう。

  H(X) = -ΣP(x) log P(x)

そう、情報理論のエントロピーだ。この用語は捉えどころが難しく、通信理論においてもカオスのまま。
そして、シャノンの第一基本定理と呼ばれる「情報源符号化定理」と、これに雑音特性を付加したシャノンの第二基本原理と呼ばれる「通信路符号化定理」を経て、より現実な世界へと導かれる。
そこで、根幹となる技術が誤り検出と誤り訂正符号である。今日のデジタルシステムを根幹から支えているのは、この技術と言ってもいいだろう。完璧な誤り訂正システムは存在しない。情報効率を高めようとすれば、尚更。そして、確率論に持ち込まれる。通信媒体や記憶媒体によっては、用いる符号も違う。
ちなみに、本書では扱われないが、リードソロモン符号などはデジタルシステムでよく用いられ、符号化と復号化が複雑な分、訂正能力が高く、バイト単位で処理できるのも記憶媒体と相性がいい。
そして、生成多項式とにらめっこする羽目に... というのが、おいらの仕事の定番である。

2. 計算機モデル
まず、有限オートマトンを押さえておこう。論理で構成できれば、言語化や記号化ができる。プログラミングとは、まさに言語化、記号化の世界。
それは、データを記憶領域内でどのように表現し、どのような手順で処理するかを記述すること。そう、アルゴリズムってやつだ。プログラミングでは、このアルゴリズムの設計が基本となる。そして、論理システムは、有限集合のステートマシンで記述できる。
計算可能性では、状態遷移関数が帰納的関数であるかどうかが鍵となる。これこそが、「チャーチ(=チューリング)の定立」ってやつだ。
さて、万能マシンは可能であろうか。それは、多項式時間で計算可能か、そんなアルゴリズムが存在するか、という問題と絡み、さらに停止性問題と絡む。ゴルディアスの結び目のごとく...

「構造ないしは構造物の複雑さを計る尺度がないことは、情報科学とコンピュータ科学の理論的支柱の間の最も基本的なギャップであると考えている。」
... F. P. ブルックス

2024-04-14

"方程式のガロア群" 金重明 著

群、環、体を巡り、線型空間をさまよう。すると、いつしか初心に返る。そういえば学生時代、ブルーバックス教(狂)にのめり込んだものだ。それは、自然科学や科学技術の一般読者向けシリーズ。相対論も、量子論も、マクスウェルの悪魔も、ラプラスの悪魔も、ここに始まった。ガロア群では逆流する格好だが、相手が難攻不落となれば、思考パターンの原点に立ち返ってみるのも悪くない...

数学界に大変革をもたらしたエヴァリスト・ガロア。そんな大数学者も生前は全く評価されず、ひとりの女をめぐる決闘で命を落とす。享年二十歳。彼は、その短い生涯の中で問い続けた。「方程式が代数的に解けるとは、どういうことか」と...
具体的には、冪根の記号 n√x や四則演算の記号で解を記述できるってこと。しかし、そうした記号も定義に過ぎない。

五次以上の方程式に代数的解法がないことは、アーベルが証明した。
それどころが、三次や四次でも解の公式は複雑だし、実践的には、グラフ上でシミュレーションし、X 軸との交点あたりで近似する方が手っ取り早い。近似の概念を許せば、いくらでもやり方は広がる。だが、ガロアは代数的方法にこだわった。真の数学者たる所以か!
従来の数学は、数式を変形しまくり、そこに活路を見い出してきた。ガロアは、数式の操作に限界を感じ、数自体の構造や性質を調べるという新たな視点を与えた。そして、方程式が代数的に解けるための必要十分条件を見い出す...

「方程式が代数的に解けるかどうかは、ガロア群を分析すれば分かる。ガロア群が可換群であれば、その方程式は代数的に解け、可換群でなければ、代数的に解けない。」

数学の世界は、公理に矛盾しなければ、どんな思考も、どんなやり方も許される。この世界を支えているのは、理性による証明のみ。逆に言えば、証明を疎かにした途端に崩壊しちまう。
しかし、すべての証明を理解した上でないとガロア群を味わえないとすれば、数学の落ちこぼれには酷だ。
まず、ガロア群には、体の自己同型群という見方がある。ここでは、そうした形式的な見方をほぐし、具体的な方程式におけるガロア群を紹介してくれる。アクアリウムで生態系でも観察するようにガロアの群れを観察する... というのが本書のコンセプト。だからといって、現実に方程式が与えられた時、ガロア群をどうやって構成するのか?という問題は残されたままだけど...

まず... ガロア拡大体と Z/nZ の世界が待ち受ける。
ガロア拡大体では、方程式の操作で因数分解を検討し、その方程式の持つ係数体の範囲内で因数分解ができるか、あるいは、係数体の範囲外に体を拡大しなければ因数分解できないか、すなわち、可約か既約か、が問われる。
体とは、四則で閉じた世界。実数体は有理数体の拡大であり、複素数体は実数体の拡大であり、そしてガロア拡大体とは、方程式のすべての解をカバーできるほど拡大した体を言う。
Z/nZ とは、Z は整数で、nZ で割った数。つまり、mod n を問う世界。モジュラ演算が巡回群と相性がいいことは、言うまでもない。それは、演算をすこぶる単純化してくれる性質で、数の性質を見極める時に有効となる。

「ガロアは、方程式を解くとは、係数体をガロア拡大体まで拡大することだ、ということを見抜いた。方程式を代数的に解くとは、係数に四則と累乗根をほどこして解を表現することだった。体の中で四則演算は自由に行える。しかし累乗根を求めるためには、体を拡大しなければならない。つまりポイントは、累乗根を用いて体を拡大するとはどういうことなのかを解明することにある。その鍵を握っているのが、ガロア群なのだ。」

次に... 円周等分方程式で、1 の n 乗根の世界が広がる。
1 の n 乗根とは、xn = 1 の根。これを移項して因数分解すると...

  (xー1)(xn-1 + xn-2 + ... + x2 + x + 1) = 0

それは、xn-1 + xn-2 + ... + x2 + x + 1 = 0 を解くことを意味する。
これが、円周等分方程式ってやつだ。
そして、ユークリッドの時代から語り継がれてきたコンパスと定規による作図問題と結びつける。代数学が幾何学と結びつくと、収まりがいい。

こうした世界を念頭に... 二項方程式のガロア群は Z/pZ (p: 素数)の加法群と同型に、円周等分方程式のガロア群は Z/pZ の乗法群と同型に、一般的な方程式のガロア群はもっと一般化された置換群に... といった具合にガロアの群れを観察していく。

「自我や心が脳の作用であることを疑う人はほとんどいないだろう。しかし脳神経の、物理的、化学的な情報交換が、どのようにして自我の意識へと創発するかについては、何もわかっていない... 数についての謎も同様だ。人類が解明した数は、せいぜい加算無限個にしか過ぎない。人類が解明した数には名前が付いており、あいうえお順でもいいし、abc 順でもいいが、それを一列に並べることができるからだ。しかし数直線上に存在する実数は、非加算無限個ある。... 人類の認識と、実数までの間には、まさに、誰にも渡れぬ深くて暗い河がある。」

2024-04-07

"代数方程式とガロア理論" 中島匠一 著

群、環、体をめぐる旅。それは、線型空間をさまよう旅。そこにどんな御利益があるというのか。それを味わうには資格がいるらしい。ガロア理論に辿り着いたという資格が...
それでも、我武者羅にやっているうちに、薄っすらと見えてくる... ってこともある。御利益とまではいかなくとも、考え方だけでも味わえれば... まずは頭を空っぽにし、抽象数学とやらに触れてみる。
すると、数を計算する学問から、数の性質を味わう学問へ。数学は楽しい。数学の落ちこぼれでも、やはり楽しい。数学は哲学である... というのがおいらの持論である。

「ガロア対応の理論を創造し、それを代数方程式の解法に応用したのがガロアの仕事である。本書では『体の代数拡大に対する』本来のガロア理論だけを紹介してあるが、現代の数学ではガロア対応は単に代数拡大の理論だけにあるものではなく、もっと多くの対象について成り立つことがわかっている。それだけでなく、『(広い意味で)ガロア対応が成り立つこと』が数学における美しさの基準の一つになっているといってよいと思う。その意味でガロア理論は数学の理論の一つの雛形となっており、それが『ガロア理論は一つの思想である』という主張の内容(の一部)である。」

本書は、代数方程式とガロア理論について基本的なことをまとめた入門書。ガロアの動機は、代数方程式の解の公式を求めることに発している。
著者は主張する、「ガロア理論は代数学の華(はな)である」と...

さて、ここで抑えておきたいキーワードは、「代数拡大」「ガロア対応」

代数拡大とは...
ある数の体系が別の数の体系を代数的な性質で飲み込むといった現象をよく見かける。代数的な性質とは、二項演算において、加法や乗法、あるいは、交換法則や結合法則や分配法則が成り立ち、零元や単位元が存在するといったこと。
例えば、有理数体は四則演算において実数体に飲み込まれ、実数体もまた複素数体に飲み込まれる。
この性質を多項式に拡大すると、おいらの思考はたちまち破綻しちまう。そこで、物事を理解したければ、まずバラバラに分解して構成要素に還元せよ!という考えがある。整数を因数分解していけば素数に辿り着く。多項式で同じことをやれば、既約多項式に辿り着く。"Tn - a" といった形で。これを突破口に、代数拡大の理解を試みるのであった...

ガロア対応とは...
体を代数拡大する過程で、中間体というものが考えられる。集合論でいえば、部分集合のようなもの。これにガロア拡大を仮定してガロア群を考えると、これにも部分群が現れる。
すると、体の中間体とガロア群の部分群の間に、一対一の対応が見られるという。
すべての有限群は、ガロア群に含まれるというのか。少なくとも、その可能性があるというのか。うん~... 人を見たら泥棒と思え!というが、群を見たらガロア群と思え!というわけか。抽象レベルの高すぎる数学は、魔術と見分けがつかない...

「G を任意の有限群とする。このとき、Gal(L/K) = G をみたすガロア拡大 L/K が存在する。」

2024-04-01

リンゴの力学... 存在の重さは何グラム?

なぁ~に、四月馬鹿のたわごとよ...

リンゴを食すは、邪心の表れか...
ある説によると、アダムとイブが口にした禁断の果実はリンゴであったとか。真相は知らんが、どうやら旧約聖書の翻訳時に生じた解釈のようだ。つまり、禁断の... を表すラテン語の "malus" は、形容詞では「邪悪な」となるが、名詞では「リンゴ」となるらしい。
神様がダジャレ好きなら親しみやすい...

リンゴの力学に何を見る...
リンゴをかじると、歯ぐきから血が出る輩がいれば、リンゴが落ちると、万有引力の法則を見る御仁もいる。かのニュートン卿によると、地球上の重力はすべての物体に平等に働くことになっている。
しかし、重力が平等に働いても、重みはそれぞれ。巷では、なにごとも重みがある方が価値が高いとされる。名誉の重みに、権威の重みに、責任の重みに、金の重みに... 愛の重みと。価値関数ってやつは、なんであれ重みに大きく反応しやがる。そして何よりも、存在の重みだ。物理学では、重力を通して質量ってやつが幅を利かせ、こいつほど自己存在を意識させる物理量はあるまい。

人間は自分の存在感を強調する余り、他人より大きな重みを求めてやまない。
影では、女性諸君は体重計の上で軽い存在を演じておきながら、鏡の前での念入りな厚化粧もひび割れしては、お肌の曲がり角も曲がりきれない。
男性諸君はというと、普段は常識や形式を重んじる理性者どもが、夜の社交場でちょいワルオヤジを演じてやがる。不良ぶるのがモテる秘訣と言わんばかりに。これが右曲がりのダンディズムってやつか。
女性諸君も、男性諸君も、人生のコーナーをやや攻めすぎていると見える。

かつて人類は、宇宙観を力で語り、エネルギーで語り、そして今、情報で語ろうとしている。自己主張の旺盛な現代社会では、存在感の可視化がそのまま精神上の問題となる。自己肯定とは、自己の正当化というわけだ。
健全な懐疑心の持ち主は、まず自分自身の存在感を疑うであろう。自己否定に陥っても愉快でいられるなら、それこそ真理の力学というもの。
心のサイズは分からなくても、心臓のサイズなら分かる。大きさは握りこぶしぐらいで、重さは約 200 から 300 グラム。
ちなみに、行きつけの寿司屋の大将は、怪しげな笑みを浮かべて... 心を握ります!などと囁く。気色わるぅ~...

リンゴを食せば、自由が得られるか...
リンゴを食せば、糖分が摂取でき、自由エネルギーを得る。自由エネルギーとは、原子のランダム運動によって生じるエネルギーではなく、なんらかのエントロピーに関連づけられた法則的で秩序あるエネルギーだ。つまり、物理学は、秩序から自由が得られると告げている。
糖分に含まれた自由エネルギーは肉体の中で運動エネルギーに変換され、身体も熱くなる。まさに、自由への情熱は熱い!自由への渇望が、アダムとイブをリンゴへと向かわせたのかは知らんが...

すべての物体が同時に落下するって本当?
義務教育では、真空ではすべての物体は同時に落下する... なんて教わるが、天の邪鬼には、どうもピンとこない。重いヤツの方が速く落ちる... とする方が収まりがいい。その証拠に、アルコール濃度の重い方が撃沈するのも速い。そして、自己存在の重さはスピリタスといきたい!

なぁ~に、四月馬鹿のたわごとよ...

2024-03-24

"ビッグ・クエスチョン" Stephen W. Hawking

Big Question !
古来、自然科学には、神託めいた究極の問い掛けがある。宇宙はいかにして誕生したのか?人類とは何者か?そして、どこから来、どこへ行くのか?それは、自らの存在に意味を求めてきた旅、いや、解釈をめぐる旅である。
車椅子の宇宙物理学者スティーヴン・ホーキングは、10 の難題が突きつける。

  • 神は存在するのか?
  • 宇宙はどのように始まったのか?
  • 宇宙には人間のほかにも知的生命が存在するのか?
  • 未来を予言することはできるのか?
  • ブラックホールの内部には何があるのか?
  • タイムトラベルは可能か?
  • 人間は地球で生きていくべきなのか?
  • 宇宙に植民地を建設するべきなのか?
  • 人工知能は人間より賢くなるか?
  • より良い未来のために何ができるか?

さて、この世界一有名な無神論者は、これらの問いにどう答えてくれるだろうか...
仮に、神は存在するとしよう。宇宙に始まりがあったとしよう。すると、宇宙の始まりの前には何があったのか?神は天地創造の前に何をなさっていたのか?本当に神は、そういう質問をする人間どものために、地獄を創ったのか?
永遠なるものは、創造されるものより完全である。だから、宇宙は永遠でなければならない!という主張も分からなくはない。
しかし、だ。宇宙は完全である必要があるのか?そもそも、完全とはなんだ?宇宙の在り方に、どんな意味があるというのか?神はなにゆえ、11 次元の M 理論のような複雑怪奇の空間をデザインしたのか?... などと問えば、たちまち地獄行きよ。不完全者は、地獄を見なければ、天国を見ることも叶わないと見える。ダンテが「神曲」で天国を描く前に、煉獄と地獄を描いて魅せたのは、必然だったのであろう...
尚、青木薫訳版(NHK出版)を手に取る。

「私に信仰はあるのだろうか?人はそれぞれ信じたいものを信じる自由があり、神は存在しない!というのが一番簡単な説明だというのが私の考えだ。宇宙を作った者はいないし、私たちの運命に指図する者もいない... おそらく天国は存在せず、死後の生もないだろう。死後の生を信じるのは希望的観測でしかないと思う... だが、私たちが生きつづけることには意味があり、生きて影響を及ぼすことにも、子どもたちに伝える遺伝子にも意味はある。一度きりの人生は、宇宙の大いなるデザインを味わうためにある。そしてそのことに、私はとても感謝している。」

宇宙を形作る要素は、三つあるという。一つは質量を持つ物質、二つはエネルギー、三つは空間である。それは、アインシュタインのあの有名な方程式でも記述される。
しかしながら、量子力学では、すべての存在に対存在が想定され、エネルギーの存在には負のエネルギーを、素粒子の存在には反物質なるものを持ち出さなければ説明がつかない。空間そのものが、負の遺産の貯蔵庫というわけか...

「不確定性原理は粒子だけでなく、電磁場や重力場などの『場』にも当てはまる。そのため、何もない空っぽの空間のように見えたとしても、場は厳密にゼロになることができない。なぜなら、場が厳密にゼロならば、きちんと定義された位置もきちんと定義された速度もゼロになるからだ。それでは不確定性原理が破れたことになる。そこで、場は厳密にゼロになることはできず、ある最小値のゆらぎを持たなければならない。それがいわゆる真空のゆらぎだ。真空のゆらぎは、突如現れては打ち消し合って消滅する、粒子と反粒子のペアと解釈することができる。」

ところで、生命とはなんであろう。それを定義づけられる根本原理とはなんであろう。一つの性質に、維持と複製がある。まさに遺伝子には、複製しようとする意志と増殖しようとする力が感じられる。DNA は、生命体の青写真を世代から世代へと伝えていく。
複製と増殖という性質に着目すれば、コンピュータウィルスもある種の生命と見なすことができるやもしれん。そもそも人間は、物理的には粒子の集合体でしかない。コンピュータもまた然り。コンピュータ科学は、マシンを生命化しようとしているかに見える。今日のインテリジェンスな AI の出現は、既にアラン・チューリングが提起した、マシンは意志を持ちうるか?という問題を具現化している。AI に支配された社会は、すべての人間を奴隷の地位に押し込め、人間には実現不可能と思われた真の平等社会を実現するやもしれん...

「スーパーインテリジェントな AI の到来は、人類に起こる最善のできごとになるか、または最悪なできごとになるかということだ。AI のほんとうの危険性は、それに悪意があるかどうかにではなく能力の高さにある。」

2024-03-17

"FACTFULNESS" Hans Rosling, Ola Rosling, Anna Rosling Roennlund 著

TED talk でハンス・ロスリング氏を見かけたのは、十年ぐらい前になろうか。彼が亡くなって、五年が過ぎたというのも不思議な感じ。今でも生き生きとした講演が観覧できるのだから...

産業革命で最も偉大な発明は何か?それは、洗濯機だ!この発明こそが、退屈な時間を知的な読書の時間に変貌させた魔法だ!と豪語したコミカル調が蘇る。
少子化問題で子供をどんどん産みなさい!と触れ回り、経済政策では消費を煽るばかりの政治家や有識者を尻目に、世界規模の人口増殖の方に問題意識を向ければ、マルサスの人口論を読まずにはいられない。経済学では、古びてしまったとされる理論を。いまや産んじまえば、なんとかなるって時代でもあるまい。ハンスは、貧困層の生活水準を引き上げることが人口増加の抑制につながる、と唱えるのであった...
尚、上杉周作、関美和訳版(日経BP社)を手に取る。

"FACTFULNESS" とは、ハンスの言葉で、データや事実に基づいて世界を読み解く習慣を言うらしい。本書の共著者でもある息子オーラ、妻アンナと共にギャップマインダー財団を設立。Gapminder は、統計情報を五次元で視覚化するツールとして知られ、ここでは国別に、所得、健康、寿命、人口の関係が示される。
こうして眺めていると、国の有り様が多種多様に富み、先進国と途上国で区別する国際機関や各国政府の要人たちの言葉が空虚に感じられる。先進国という呼称に固執する国もあれば、都合よく使い分ける国もあったり、あるいは、貧困国とされながらも最優先される必需品がスマホだったり。
本書は、10 の思い込みを提示してくれる。"FACTFULNESS" とは、これらの克服から見い出せるものらしい...

  1. 分断本能... 世界は分断されているという思い込み
  2. ネガティブ本能... 世界はどんどん悪くなっているという思い込み
  3. 直線本能... 世界の人口はひたすら増え続けているという思い込み
  4. 恐怖本能... 危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み
  5. 過大視本能... 眼の前の数字が一番重要だという思い込み
  6. パターン化本能... ひとつの例がすべてに当てはまるという思い込み
  7. 宿命本能... すべてはあらかじめ決まっているという思い込み
  8. 単純化本能... 世界はひとつの切り口で理解できるという思い込み
  9. 犯人探し本能... 誰かを責めれば、物事は解決するという思い込み
  10. 焦り本能... いますぐ手を打たないと大変なことになるという思い込み

しかも、賢い人ほどハマりやすいという。問題は、知識のアップデート。変化の激しい時代では、すぐに知識が廃れていく。勉強は学生の本分!などと言われるが、社会人だからこそ、経験を積めば積むほど、その必要性を感じる。
古い知識が役に立たないということではない。古い知識に新たな知識を重ね、その知識に至るプロセスも新旧で重ねれば、より強力となろう。重要なのは、学ぶ習慣である。マハトマ・ガンディーは、こんな言葉を遺してくれた。「明日死ぬと思って生きよ。不老不死だと思って学べ。」と。
そして、学ぶ習慣を支えてくれるのが、好奇心だ。様々な角度から学べば、いろんな面白味が見えてくる。多くの偉人たちが、読書批判をやりながら、熱心な読書家であったことも頷ける...

「なによりも、謙虚さと好奇心を持つことを子供たちに教えよう。謙虚であるということは、本能を抑えて事実を正しく見ることがどれほど難しいかに気づくことだ。自分の知識が限られていることを認めることだ。堂々と知りません!と言えることだ。新しい事実を発見したら、喜んで意見を変えられることだ。謙虚になると、心が楽になる。何もかも知っていなくちゃならないというプレッシャーがなくなるし、いつも自分の意見を弁護しなければと感じなくていい。好奇心があるということは、新しい情報を積極的に探し、受け入れるということだ。自分の考えに合わない事実を大切にし、その裏にある意味を理解しようと務めることだ。答えを間違っても恥とは思わず、間違いをきっかけに興味を持つことだ。... 好奇心を持つと心がワクワクする。好奇心があれば、いつも何か面白いことを発見し続ける。」

ただ、これら 10 の思い込みは、進化の過程で必要であったのではなかろうか。問題は、どれも感情を煽り、ちと行き過ぎるところにある。
人は何事も、善悪、白黒、勝ち組と負け組... などと、二項対立で捉えがち。おまけに、自分自身を優位なグループに属させ、ある種の優越主義に浸る。人はなんでも悪く考える傾向があり、隣の芝は青く見えるもの。進化の過程は右肩上がりに見えるもので、直線的に上昇するものと捉えがちだが、そのおかげで希望が持てる。
だが、実際には退化の時代もあったはず。そうでないと、自省というものが働かない。
そして、現在は、進化の時代か、退化の時代か、そんなことは知らんよ。
恐怖心は、人間の心理操作でもってこい。だが、恐怖と危険はまったく違う。恐ろしいと思うことはリスクがあるように見えるだけで、危険なことには確実にリスクが内包されている。ジャーナリズムは、分断意識を刺激し、恐怖心を煽って、注目を浴びようとする。
ソーシャルメディアだって、負けじと犯人探しに躍起だ。政治屋は手頃なスケープゴートに責任転嫁とくれば、大衆は、今すぐ手を打たないと大変なことになると焦る。
しかも、こんな複雑怪奇な人間社会を、ひとつの切り口で理解した気になれれば、すべての思考をたった一つでパターン化しちまう。こうした心理傾向は、いわば人間の本能である。
そして、これらの思い込みを克服できれば幸せになれるかも分からん。それで、ハンスさんは楽観主義者のレッテルを貼られたそうな...

「わたしは、楽観主義者ではない。楽観主義者というと世間知らずのイメージがあるが、わたしはいたって真面目な可能主義者だ。可能主義者とは、根拠のない希望を持たず、根拠のない不安を持たず、いかなる時もドラマチックすぎる世界の見方を持たない人のことを言う。ちなみに、可能主義者はわたしの造語だ。」

また、アフリカ連合主催の講演で、辛辣なツッコミを喰らった場面は、なんとも印象的である。しかも、穏やかな口調なだけに、なおさら辛辣に...

「図とか表はよくできましたし、話も上手だったけど、ビジョンがないわね!極度の貧困がなくなるって話ね。そこが始まりなのに、先生の話はそこで終わってましたね。極度の貧困がなくなれば、アフリカ人は満足だと思ってらっしゃる?普通に貧しいくらいがちょうどいいとでも?講演の結びで、先生はご自分のお孫さんがアフリカ観光に来て、これから建設予定の新幹線に乗る日を夢見てるっておっしゃいましたね。そんなのがビジョンだなんて言えます?古臭いヨーロッパ人の考えそうなことですよ。... (略) ... 私の夢はその逆で... アフリカ人たちが観光客としてヨーロッパに歓迎される存在になる。難民として嫌がられるんじゃなくてね。それが、ビジョンというものよ。」

2024-03-10

"饒舌について 他五篇" プルタルコス 著

プルタルコスといえば、その大作に「対比列伝」がある。ToDo リストにずっと居座ってるヤツの一つ。ちょうど、澤田謙の編纂版「プリューターク英雄伝」でお茶を濁したところ(前記事)。
だが実は、「モラリア(倫理論集)」ってヤツもある。邦訳版で全 14 巻にも及ぶ大作で、エッセーの起源ともされるそうな。ついでに、こいつもお茶を濁すとしよう。だからといって、どちらも ToDo リストから抹殺できずにいる。未練は男の甲斐性よ!

本書は、その大作の中から「いかに敵から利益を得るか」、「饒舌について」、「知りたがりについて」、「弱気について」、「人から憎まれずに自分をほめること」、「借金をしてはならぬこと」の六篇をつまんでくれる。ソーシャルメディアでも見かけそうな題目が並び、現代病の根源を拾い集めたような...
尚、柳沼重剛訳版(岩波文庫)を手に取る。

1. 最高の敵は己の中に...
敵があってこそ得られる利益がある。愚者は友人関係すらぶち壊しちまうが、賢者は敵対関係までもうまく利用するらしい。目を光らせる者がいて、修正される振る舞いもあれば、他人を観察することによって、自分の長所や短所が見えてくることだってある。人に騙されて高い授業料を払い、それで賢くなることも...
虚栄心は人間の本能的な性癖の一つだが、そんな悪癖までも利用しちまう人たちがいる。樽犬先生(ディオゲネス)ともなれば、祖国から追放され、財産を没収され、そんな不遇を閑暇と哲学の道へ転じた。賢者とは、なんと抜け目のないヤツらだ。
愚者は、成功よりも失敗に学ぶことが多い。ならば、友よりも敵に学ぶことが多いのやもしれん。恋愛よりも失恋に学ぶことが多いのやもしれん。結婚よりも離婚に学ぶことが多いのやもしれん。
わざわざ自ら失敗を招く必要もあるまいが、愚者は自ら体験してみないと分からない。そして、自分は悪くない!と、なんでも他のせいにできる性分は、ある意味幸せである。
おまけに、敵意が生じれば、憎しみとともに妬みが生じ、他人の不幸を喜ぶ気持ちまでも芽生えさせる。「嫉妬は憎悪よりも、和解がより困難である。」とは、ラ・ロシュフーコーの言葉。嫉妬こそが最も厄介な敵やもしれん。今こそ、嫉妬を感じないようにする修行を...

2. 沈黙不能症
ソーシャルメディアに誹謗中傷の嵐が荒れ狂う時代では、沈黙の仕方も難しい。論争では、言葉で勝利することが第一の目的となり、真理なんぞ二の次三の次。ソフィストたちが育んできた弁論術の伝統は、いまやプレゼン技術として受け継がれる。ただ、技術がいくら進歩しようとも、古くから伝わる訓戒は変わらない。見た目より中身だ!言葉より実行だ!と...
お喋り屋が欲望を満たすのは、すこぶる難しい。人に聞いてくれ!と言いながら、自分は聞く耳持たず。他人に目を光らせておいて、自分自身には目を背ける。
それでも、お喋り屋が周囲を黙らすという意味では、人に沈黙を教えている。そればかりか、言葉の不毛を教えている。
酒呑みが、黙っていられるもんか!それで酒呑みに説教されてりゃ、世話ない...

「哲学が饒舌の治療を引き受けるとなると、これは厄介でむずかしい。用いられる薬は言葉だが、言葉は聞かれてこそ効き目があるのに、おしゃべりな人間は決して人の言うことには耳をかさず、のべつしゃべってばかりいるからである。そして、この他人の言葉に耳をかさないというのが、沈黙不能症という病気の最初の兆候である。」

3. 弱気の正体は依存症か...
弱気で他人の奴隷になるか、自己賛美で自己愛の奴隷になるか、借金でお金の奴隷になるか、いずれも似たり寄ったり。
しかし、人間ってやつは何かに依存せねば生きてはゆけぬ。アリストテレスは、人間を「ポリス的動物」と定義した。ポリスとは単に社会を営むだけでなく、最高善を求める共同体というような哲学的な意味も含まれているが、ほとんどの人間が社会に依存しながら生きている。社会制度がどんなに不完全であっても、その制度に文句を垂れようとも、その仕組みに依存せずには生きては行けぬ。自己責任なんぞクソ喰らえ!自立なんぞ悪魔にでも喰わしちまえ!それでミイラ取りがミイラに...
依存症に打ち負かされた弱気は、多くの不遇を呼び寄せる。不評の煙を逃れようとも、逃げ方が下手なもんだから、却って炎上よ。断ると気まずいかなぁ... という気持ちに憑かれ、無茶な要求までも引き受け、後の祭りよ。ノーが言えないのは、本当に相手への気遣いか。却って揉め事を増幅させてはいないか。
しかしながら、弱気がすべて悪いとは言えまい。無防備な強気よりはましかも。不当な要求で、厚かましく要求してくる連中は、断固として拒否!恥知らずを思い知らせてやれ!思慮分別に欠ける人間から憎まれるのは本望よ!

ゼノン曰く、「何だと、愚か者めが。その友人とやらは、お前に対して不当不正な所業に及んでいるのだから、お前を恐れてもいなければ、お前に対して恥ずかしいとも思ってはおらぬ。しかるにお前は、正義のためにそやつに刃向かう勇気がないのか!」